語らいを通じて | いまのしゅんかん

語らいを通じて

 

この週末旅行は、アクティビティだけでなく、彼らとの語らいもまた楽しかった。

100%の保証もないし、100%の解があるわけでもないし、100%の因果関係があるわけでもないし、自分の力ではどうしようもない、自然の性というものを受容している鷹揚さがとても心地いいものだった。

 

私は本格的に山のアクティビティを始めてまだ数年だし、山スキーに至ってはガチにやるようになったのは今シーズンからで、自分の思い通りにならないことばかりでパニックになり、今までいかに自分でコントロールできていると思いあがってきたことを痛感していたところである。

天候なんて秒単位で変化するし、雪質も時間で変化する。その度に、どうするべきか判断しなければならない。

 

奥さんは10代で病気がみつかり、その原因もこれといってなく、かといってもしかしたら命を落とすこともあったかもしれないのに、決してその宿命を恨むでも嘆くでも悲しむでもなく、淡々とその現実を受け入れ、むしろ回復してこうしてアクティビティに励むことのできる今に感謝し愉しんでいるように見えた。

病気なんて、100%防げる術もないし、100%確実な因果関係があるわけでもない。多少の相関性はあるにしても、運に左右されることも往々にしてあり、せめて発覚したときに、できる限りよくなるようにベストを尽くすしかない。わかりもしない原因を追及しあれこれ気に病むのは本末転倒で、そうなった現実を認めて対処していくしかないと思う。

 

そんな二人は、信頼と尊敬で確固たる関係を築いていて、本当に仲がいいのがよくわかる。

尊敬って、別に職業とか年収とかからくるものではない。その人のありようをそのままリスペクトするということである。

だけど、彼らは今までさんざんいろんなアクティビティをやってきて、中には難易度の高い夏季登山における自炊の食糧事情についてもいろいろ話を聞いて、今まで二人で一緒にやってきた経験を通じて熟成させてきた関係なのだろうな、とも思った。

 

わたしたちも、まさに経験を通じて互いに刺激を与えあい、困難を乗り越え、関係を深めてきた感じ。

1月にあったバッテリートラブルも、予想外の足止めではあったけど、モーテルでじっとするほか何もできなかったのにバッテリーのことをいろいろ調べて勉強になったし、あれはあれでいい経験だったと思う。

トラブルではないけど、今回サウナで、水をかけるとなぜ熱風が来るのか、という問いに対しても、熱容量?熱伝導?気化熱?と、二人でウンウン考えるのも楽しかった。だから、本当に一緒にいることが飽きない。

 

彼らは足を地につけてしっかり生きているように見える。

そういう安定感は年齢は関係ないのかもしれない。